ヨガを実践して行く中で、気がついたこと。
「思考」と「感じる」事を区別するようになった。
今、自分は「思考」しているのか?
それとも「感じ」ているのか?
という具合だ。
情報化社会が発達していくなかで、人の「思考」の割合は肥大化して来た。
それに、反比例して「感じる」事が少なくなった。
これが、現代人の生きている事の実感の希薄さに繋がっていると私は考える。
あらゆる情報が身体を動かさなくても手に入ってしまう。
家の中でyoutubeの動画やsnsをやっているば生きるための情報が全て充足されてしまうのだ。
もちろん、情報化社会の進歩や利便性を否定する訳ではないのだが、現代人が抱える「生きている」事への希薄さ、そこから生まれるストレスの原因は「感じる」事の少なさに原因があるのではと思っている。
目次
感じる事は、今を生きる事に繋がり、幸福感に繋がる。
昨今、スマホを見ながら、食事をとる方が多い。
また、歩きスマホをする人も多くなった。
安全性の面からも危ないと思うが、それ以前に「思考」に回路が奪われ、味わう(感じる)事がおろそかになってしまっている。
もったいないなと思う。
よく、「今を生きなさい」と言われる。
心が今、ここに定まらず浮遊したように生きてしまっている人達に向けられる言葉だ。
時には、「思考」するのではなく、身体に意識を向け「感じる」事が大切なのだ。
「感じる」ことは今、ここに焦点を当てるという事なのである。
なぜ、「感じる」事が大切なのかというとそこに幸福感があるからだ。
存在する喜び。
自分の存在を意識する事によってありがたみが湧き上がってくる。
自分はそんな感覚、重要性をヨガや瞑想から学んだ。
「感じる」ためのレッスン
どうすれば、「感じる」時間を多くして人生の幸福感を高めて行けるだろうか。
もちろん、ヨガや瞑想を生活に取り入れるのもありだが、日常の些細な事から始めてみよう。
「ながら」○○をやめる。
せめて、食事や大切な人と会う時はながらスマホをやめるようにしよう。
また、大切な行事の時も常にビデオを回している人がいるが、自分がライブで感じる事も大切にしたいところである。
意図的にオフラインを作りだす。
いつも、持ち歩いているスマホは「思考」のきっかけとなるものである。
ひとたびスマホを手にすれば様々な情報が溢れて出てきてあなたは「思考」の渦に飲み込まれてしまう。
意図的に手の届く所に置かない時間帯、環境ををつくるのも大切である。
いつものルーティンを丁寧にこなす。
通勤や通学、仕事の進め方、ルーティン化した毎日を丁寧に行う意識を持つ。
そうすると、自然の移ろいや些細な物事の変化も感じられるようになるであろう。
全く同じ毎日など無いと感じられる筈だ。
まとめ
- 瞑想やヨガは今、ここを感じ、今を生きている感覚を思い出させてくれる。
- 「思考」と「感じる」事を意識してみる事新しい発見がある。
- 今、ここを感じる事は今にフォーカスする事であり幸福感に繋がる。